Search


2014年02月28日

第48回京の冬の旅  寺町 阿弥陀寺

第48回京の冬の旅 5つ目は寺町 阿弥陀寺です。織田信長公本廟所として有名な寺ですね。9-186.jpg9-185.jpg
こちらの写真の像が実際の信長に最も近い面差しだそうです。9-184.jpg
幼少の頃より信長との縁があった清玉(せいぎょく)上人が開山した寺で、当初は近江国坂本にあったそうです。信長の京都入りに伴い、京都西陣の地に移り、広大な敷地面積があったっそうです。9-178.jpg
本能寺の変の際に、駆けつけた上人が、信長の遺骨を持ち帰り供養しました。秀吉の代に、寺町に移され、縮小され現代に至っています。
本堂には、信長の弓掛(ゆがけ)や鞍覆、手槍先などが、展示されていて、本能寺の変のシーンを彷彿とさせます。
信長 信忠の墓9-181.jpg
森蘭丸らの墓9-180.jpg
清玉上人の墓9-179.jpg

9-183.jpg
9-182.jpg
春立つや新年ふるき米五升 

芭蕉の句碑です。
去年から持ち越した古米が5升(五升入りの瓢の米櫃に一杯)あるという新年の芭蕉庵の暮らしを歌ったものだそうです。わずかな量だが、それを満ち足りたとする心で詠んでいるそうです。当時、それだけしかないのは、貧乏の象徴のようなものらしいのですが、現代の感覚ではちょっと判りにくいように思いますね。

2014年02月21日

我が家の梅が、そろそろ咲き始めました。9-188.jpg
9-187.jpg
鶯もうれしそうに鳴いています。9-189.jpg

2014年02月13日

第48回京の冬の旅 妙顕寺と俵屋さん

京の冬の旅 4つ目は、ご近所の妙顕寺さんです。日蓮宗大本山の一つで、尾形光琳ゆかりの寺です。9-201.jpg
渡り廊下を渡って、まずきらびやかな本堂の見学です。9-200.jpg
天井には、信徒の家紋があしらわれていて、目を引きます。釈迦如来像や多宝如来像が安置され、荘厳な雰囲気です。
9-199.jpg
勅使門のある客殿前の枯山水のお庭は、「龍華飛翔(四海唱導の庭」と云われています。9-198.jpg
9-197.jpg
孟宗竹の坪庭がしっとりと美しい。9-196.jpg9-195.jpg
屏風絵を元に作られたと言う「光琳曲水の庭」9-194.jpg
りっぱな赤松です。9-192.jpg
廊下も立派9-193.jpg
恒例のスタンプラリーも3つ貯まったので、俵屋吉富さんで、雲龍とお抹茶を頂きました。9-191.jpg9-190.jpg


2014年02月06日

佐藤太清展

2月9日まで、文化博物館で、佐藤太清展が開催されています。9-204.jpg
大正2年福知山市生まれで、生誕100年という事での開催のようです。9-203.jpg
花鳥風月を描いたその作品は、静かに心に染渡る感じです。9-202.jpg
博物館などが所有している貴重な壺に花を活けてみたようにして描いた作品などは、ちょっと面白い演出でした。

2014年02月05日

櫛・簪とおしゃれ

2月23日まで、細見美術館において、『櫛・簪とおしゃれ』展が開催されています。9-209.jpg
東京 青梅市にある澤乃井櫛かんざし美術館所蔵の品々の展示です。細かい細工の施された櫛や簪・笄などが並んでいて、思わず欲しいとか思ってしまう品々でした。
展覧会のあとは、最上階の茶室にお邪魔して、お抹茶を頂きました。9-208.jpg
9-207.jpg
お菓子は末富さんのきんとんの赤鬼、お茶は一保堂さん。9-206.jpg
温まりました。9-205.jpg

2014年02月01日

桂飴

江戸時代初期に創業した京都市西京区の飴店「桂飴本家 養老亭」が、昨年末で閉店し、357年の歴史にピリオドを打ちました。
9-210.jpg
水飴を原料にした「桂飴(かつらあめ)」を昔ながらの製法にこだわって作って来られたそうですが、12代目店主・遠山隆夫さんは体力的に難しいという事で、閉店を決意されたとか。継承の申し出もあったようですが、断られたようです。

かつらあめの由来は古く、神功皇后の時代、大臣武内宿弥(たけのうちのすくね)の娘で桂姫と呼ばれる女人が手作りし、皇子(のちの応神天皇)を御育てしていたことに始まっているそうです。

その後、桂姫は山城の国・桂の里をたまわり、その地で飴の製法を伝え、これが「桂の飴」の起こりであるそうです。
桂飴本家 養老亭は、明暦2年、初代飴屋理兵衛が創業、以来350年、古来の製法そのままに作り続けてこられ、桂御所御用飴所としての栄誉を賜っていたそうです。

桂に長く住んでいましたが全然知らなかったので、最後に一つ頂いてみました。素朴なあっさりした味わいでした。終わってしまうのは残念な感じですね~。