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2012年09月14日

羽衣

プレゼント用に、能「羽衣」を描いてみました。7-730.jpg
パソコンによる描画ではなく、手描きです。パレットを洗わなくてはいけないのが、少々難点です。

2010年09月22日

第46回 上京薪能

9月21日、今出川堀川東入るにある白峯神宮において、第46回 上京薪能が催されました。御祭神である崇徳天皇・淳仁天皇の霊をお慰めし、京の文化遺産を継承するために昭和34年より、境内にて開催されています。821.jpg
能、狂言、舞楽に筝曲という多彩な古典芸能が繰り広げられます。第1部は午後4時開演で、各社中の方の日頃の練習成果発表といった感じで、第2部は、午後5時45分より挨拶と火入れ式に始まってプロによる演目となります。
文化振興会会長と上京区長の挨拶で、少しは両天皇に係るお話があるかと思ったのですが、そのあたりは完全にスルーされてしまったのが、個人的には物足りないところではありました。820.jpg
いちひめ雅楽会による舞楽は、「打球楽」という演目で、平安時代に行われていたポロのような球技(打球)の姿を舞にしたもので、球技全般の守護神でもある白峯さんらしい演目でした。平安の御世を彷彿とさせる雅な姿に、うっとりしてしまいました。

筝曲の演奏は、十七弦と尺八を交えての「琉球民謡による組曲」というもので、沖縄のメロディーを琴で聞く珍しい演目で、楽しめました。

観世流・金剛流の仕舞や舞囃子のあと、狂言は大蔵流の「因幡堂」、エンディングは観世流能「殺生石 白頭」でした。
鳥羽院の寵愛を受けた玉藻前の話は以前に取り上げましたが、その正体をあばかれ、逃げた那須野で、その執心が殺生石となり、生き物の命を奪い続ける事を取り上げた物語です。
この演目を観たのは初めてでしたが、唐織の着流し姿の中に鱗模様の摺箔が怪しく光る前シテは石魂という設定のため、ほとんど動きがないのですねぇ。817.jpg
(上演さなかに毒が回って、座ったまま亡くなったのではないかしらと京都サスペンス的妄想が頭をよぎってしまいました。縁起でもない発想で、すみませんm(_ _)m
崇徳天皇を叔父子といって嫌った鳥羽院の寵愛をうけた玉藻前を演じている訳ですから、崇徳天皇の執心が舞い降りてきて・・・。などと、バカな事を考えているうちに、前シテは立ち上がり、舞台から消えてゆきました。)819.jpg
月の光が松の間から差し込み、蒸し暑かったものの美しい夜でした。上演はつつがなく終了し、舞台に隠れてしまった本殿に回り、崇徳天皇に御相伴にあずかり、この上ない幸せでございましたと感謝の意を表してから帰途につきました。818.jpg

2010年09月20日

奈良絵本・絵巻の宇宙展

思文閣美術館において、11月7日まで、「奈良絵本・絵巻の宇宙展」が開催されています。828.jpg
室町時代後期から江戸時代中期にかけておびただしく製作された絵入の本や絵巻があります。素朴なその挿絵は、「奈良絵」の名で呼びならわされ、珍重され、そうした挿絵をもつ本を「奈良絵本」というようになったそうです。

奈良の絵師達の手によって製作されたためともいわれていますが、実際は奈良に限られていたわけでもなく、その由来の解明はなされないまま今日に至っているようです。

絵本の原点といえるそれらに描かれた題材は、平安時代の王朝物語、中世の軍機物語、室町時代から江戸時代初期にかけて流行した幸若舞曲など様々ですが、最も多いのが、奈良絵本・絵巻の制作時期と同じ頃に成立した御伽草子です。

一寸法師やものぐさ太郎、鉢かつぎ姫などの物語が絵と文字で構成された作品が多く展示されていました。文字はよう読みませんが、絵の方はよく知ったストーリーなので十分楽しめます。827.jpg
ここ数年で研究が進んだそうで、署名のないこれらの絵本・絵巻の制作者が数名わかってきたようです。
女性作家の居初つな(いそめつな)という人物が、女性初の絵本作家として、発見されました。彼女の描く鉢かつぎ姫は、顔が見えず、すっぽり鉢を被った姿ではなく、帽子のように鉢が頭の上に乗っかった感じで、かわいらしいものでした。826.jpg

2010年01月31日

愛妻家の日 「今度は愛妻家」

1月31日は、愛妻家の日です。
1月の1をアルファベットのIに見立て、「あい(I)さい(31)」の語呂合わせから、日本愛妻家協会が制定したそうです。

日本愛妻家協会なんてのがあるのですね!びっくり。どんな活動をしているのでしょう?って、サイトを見てみたら、結構いい感じでした。


妻というもっとも身近な赤の他人を大切にする人が増えると、世界はもう少し豊かで平和になるかもしれないね。logo_01_a.jpg

という訳で、映画「今度は愛妻家」を観た話です。

あらすじ
かつては売れっ子カメラマンだった北見俊介(豊川悦司)は、今はロクに仕事もせずに怠惰な毎日を送っている。健康マニアの妻さくら(薬師丸ひろ子)は、そんな夫に文句を言いながらも世話を焼いている。

ある日、友達との箱根旅行準備であたふたするさくらに、軽口を叩く俊介。そんな夫にさくらは、“子供を作る気がないなら、別れて”と悲しそうに告げる。いつもと違う妻の態度に、何とかその場を取り繕う俊介。
さくらが出掛けた後、オーディション用の写真撮影にやってきた女優志願の蘭子(水川あさみ)といい雰囲気になる俊介。そこへ財布を忘れたさくらが戻ってきて、ついに愛想を尽かされてしまう。そのまま旅行から戻ってこないさくら。
最初は独身生活を楽しんでいた俊介だったが、次第に妻のいない生活に苛立ちを覚え始める。そんな俊介を心配そうに見守るのは助手の誠(浜田岳)とオカマの文太(石橋蓮司)。

突然、戻ってきたさくらから、一年前から好きな人がいる”と告白され、離婚記念の写真を撮って欲しいと言われる。一年ぶりにカメラを手にとり、写真を撮り始める俊介。
“ねえ、写真撮ってよ。”昨年のクリスマス直前に、さくらに半ば強引に連れていかれた子作りのための沖縄旅行で言われた言葉を思い出す俊介。
あれから1年。取り戻せない時間の中、初めて自分の想いをさくらに告げ、抱きしめるのですが・・・。(観てない人の事を考えて、ネタバレしないように書くのは、結構大変。)
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挿入歌として、口ずさんでいるのは、陽水の「夢の中へ」。エンディングは同じく陽水の「赤い目のクラウン」です。
中谷まゆみ原作の舞台劇を行定勲監督が映画化したものです。
行定勲監督の作品を観るのは、「春の雪」以来です。あの映画は、私の原作への思い入れが強すぎて、そこはちょっと違うなんて、感じたものでした。

この映画は、主人公と同年代の男性が観ると、自身と主人公を照らし合わせ、妻のありがたみが身に沁み「今度は愛妻家」になろうなんて考えたりして良いかもしれません(^^)

ちょっとぐだぐだしたシーンがあったりもしましたが、積み重ねられた夫婦の縁(えにし)の重さなんかを感じてしまいました。あっ、そういうことか!とネタに気づいた瞬間に、個人的には”しまった”と思ったのですが、いろんなことがあっても人生は続いていったり、続いてゆかなかったりするから、限りある生をまっとうしなくちゃね~。

石橋蓮司さんのオカマが、とってもハマっていて、助演男優賞!です。薬師丸ひろ子さんを可愛く、可愛く撮っていて、確かに可愛いのですが、1981年の”快感!”から歳月が経っていることを顔に感じてしまい、やけに切なく思えました。30年近く経っているのですから、無理からぬ事ですけどね。人の事言えないし・・・。

日本愛妻家協会では、1月31日午後8時9分が世界一斉ハグタイムだそうです(^^)
相手のいる方はハグしてみてはいかがでしょう?いない方も、想定して?ハグしてみるのもいいかもしれません。何かが変わるかもしれません。

2009年09月18日

南極料理人

少し前ですが、映画「南極料理人」を観ました。
南極観測隊に料理人として参加した、西村淳原作のエッセー「面白南極料理人」を映画化したものです。
堺雅人演じる主人公・西村は、やっと念願適って南極に行く直前に事故にあった同僚の代わりに、料理人として、南極赴任を命じられます。究極の単身赴任です。
昭和基地からも遠く離れた南極ドームふじ基地での越冬隊員たちの胃袋を満たすために力を注ぐ西村。8人の男性たちの食卓、その生活ぶりを描いた映画です。
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結構、笑えました。歳のせいか、涙腺がゆるくなってきたので、泣き笑い状態でした。
単調な暮らしに彩りを添えようと頑張る料理人。無頓着な隊員。
非日常的な日常の中で、変になりそうな人たちのおかしな行動、それぞれの仕事への思い、家族への思い、食べ物への執着。
個性豊かな隊員たちの共同生活が、普通の家族のようにも見えてくる感じは、食卓を中心に描かれているからだけでなく、お父さん役、お母さん役、やんちゃな兄弟たちなどと役割分担がだんだん出来てきて、そこに調和が生まれるゆえで、ほのぼのと暖かくなります。

おいしそうな料理が次々と出てきて、昼前に観たので余計お腹が空き、即ラーメンを食べました。
食べたい時に何時でもラーメンを食べられる幸せをかみ締めた映画でした(^^)

2009年05月31日

薪能 狂言「福の神」

薪能 「杜若」のあとは、狂言「福の神」です。

年の暮れ、福の神に参詣に行った二人の男が「福は内」と豆を打って囃しているところへ、福の神が笑いながら現れます。毎年参詣するので感心なことだと言い、神はお神酒を催促し、日本中の神に供え、自分も飲みます。
豊かになりたいという二人に、福の神はその秘訣を歌いながら教えます。元手は金でなく心の持ちようだと説き、早起き、慈悲、夫婦円満を推奨し、最後に福の神にイヤというほど酒を供えるならば、豊かになりますよと言って、再び大きな声で笑って終わります。
福の神のこの上なく福福しい笑い声が幸せを招き、見る人の心を明るくするという縁起のよい狂言です。

この狂言では、通常、専用の目も口元もにっこり笑っている「福の神」の面を使いますが、今回、福の神を演じるのは、人間国宝の茂山千作さんです。もうまさに、お面いらないでしょうといった感じですよね。素のまま、福の神です。高らかなその笑い声も、もうぴったりの役どころです。そういう意味で、とっても楽しみな演目です。P9276.jpg
このところの不景気や、社会の不安定な空気を、千作さんのパワーで吹き飛ばしていただきたいものです。

2009年05月15日

平井(藤原)保昌さんの事

えんま堂狂言の土蜘蛛に出てくる平井(藤原)保昌さんについて、少し検索してみました。
平安時代中期 〔天徳二年(958)~長元九年(1036)〕の公家。
藤原南家の一族、右馬権頭藤原致忠の子。
弟に盗賊として名高い藤原保輔がいる。
摂津守となり同国平井に住まいしたことから平井 保昌とも呼ばれる。
当時、栄華を極めていた藤原道長の家司(けいし)として仕えていました。
公家の出身でありながら武勇に秀でており、源頼信・平維衡・平致頼らとともに、道長四天王の一人として名声を博しました。
長和2年(1013年)に左馬権頭兼大和守に任じられ、以後円融院判官代・丹後守・摂津守・山城守・肥前守・日向守などを歴任し正四位下に昇っています。

『宇治拾遺物語』や『今昔物語』には、盗賊の袴垂が、夜道をひとりで笛を吹き歩く男の着物を奪おうとしたが、堂々とした気迫に圧倒され何もできずに、とうとう屋敷まで付いて行き、男の屋敷で着物を恵んでもらった。それが、藤原保昌であったというエピソードがあります。

室町時代の『御伽草子』の中にも、源頼光と、頼光四天王 〔渡辺綱(わたなべのつな)・坂田金時(さかたのきんとき)・卜部季武(うらべのすえたけ)・碓井貞光(うすいのさだみつ)〕らとともに、酒呑童子を倒したというように書かれています。

そして、土蜘蛛退治にも同じように登場します。ここで、源頼光と藤原保昌の関係ですが・・・。

源頼光の方は源満仲の長子で、清和源氏の三代目。満仲が初めて武士団を形成した摂津国多田(兵庫県川西市多田)の地を相続し、その子孫は「摂津源氏」と呼ばれています。
摂関家の家司として仕え、但馬、伊予、摂津(970年)の受領を歴任、正暦3年(992年)には備前守となり、左馬権頭となって正四位下になっています。
年齢は保昌が10歳年下で、同じく道長に家司として仕えていたのですが、頼光の家臣として、保昌さんが書かれている事も多いようです。家臣というよりは、職場の同僚もしくは、部下的な感じじゃないかしらん?
頼光の父・満仲が後に保昌の妹を室にしているという話もありましたので、まぁ親しい間柄であったのでしょう。
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後に、保昌さんは、肥後を離れ丹後守として当地へ赴く頃に、歌人の和泉式部の最後の夫となっています。ここに、もう1つのエピソードがあります。
和泉式部から、御所の紫宸殿前の紅梅を手折ってほしいという難題を出され、御所に忍び込み、発見されて矢を放たれながらも一枝手折って、ようやく紅梅を持ち帰って恋を実らせたというもので、祇園祭の保昌山のいわれとなっています。

こうして見てみると、なかなか、おもしろい人物です。保昌山では、鎧を着た姿で、紅梅を持っていますが、狩衣姿の花盗人にして描いてみました。

2009年05月09日

レッドクリフ Part2

11月にPart1を観て、期待感の高まったまま、やっとPart2の公開が4月に始まり、早々に出掛けました。Part1が、えぇ~、そこで終わるか~って感じで、続きを観ないと収まらないという気分だったので、観たという満足感は得られました。P9426.jpg
しかし、結論から言うと、Part1の方がよかったかも~(^^)
Part1は、わくわくしたり、どきどきしたり、新鮮だったのです。
登場人物の見せ方、キャラ、戦いのシーン、音楽や、ちょっと艶っぽい場面などなど・・・。
Part2も、当たり前なんでしょうが、同じ見せ方で続いていくので、新鮮さがなく、大枠のストーリー的には何度も読んだ赤壁の戦いですから、そう変わりはないので、迫力の画面の割りには、そうそうといった感じで観てしまいました。ストーリー知らない方が楽しめるかも?でも全く知らないと理解しづらいかもしれないので、昔読んだけど、忘れてしまったぐらいの人だと、一番楽しいかもしれないなぁと、思いました。長時間になってしまうけれど、一気に観たら、たぶんもっとよかったのでしょう。
曹操のイメージが、これまで悪者一辺倒だったのですが、今回、役者のチャン・フォンイーさんのせいか、可愛く感じてしまいました。小喬がやってきて、お茶を楽しんだりながら小喬を見る目がたまらなくうれしそうで、なんかおバカで憎めないお山の大将といったキャラがよかったです。

2009年03月14日

若宮八幡宮

北大路大宮を少し下がったところに、若宮神社があります。RIMG030926.gif
石清水八幡宮の若宮で、清和源氏の祖、清和天皇を祀っています。丹波の大江山の酒呑童子征伐や土蜘蛛退治でも知られる源頼光(みなもとよりみつ・らいこう)の邸跡であり、その邸内にあった鎮守社が、現在でも祭られているそうです。
酒呑童子RIMG030929.gif
土蜘蛛RIMG030925.gif
境内には、左手に権太夫大明神、白菊大明神、吉丸明神、久高明神も祀られています。RIMG030927.gif謡曲「土蜘蛛」でおなじみの源頼光の邸がここにあったのですねぇ。なんとも怪しい気配がするような・・・。RIMG030928.gif

2009年03月08日

称念寺

近所を歩いていて、ひょっこり出くわしたのが、称念寺さんです。猫寺の話は聞いていたので、あぁここだったのかと、あまりの近さに、あれっといったところです。RIMG022350.gif
慶長11年(西暦1606)に伏見城代職、松平信吉公が岳誉行阿上人に帰依して建立された寺です。その当時 300石の寺領があり寺は栄えていたようですが、信吉公が没すると共に、松平家とだんだん疎遠となり、3代目住職の頃には、絶縁状態で、荒れ果てた寺に猫1匹と住職が暮らすのみとなっていたそうな。RIMG022349.gif
月夜の夜に和尚が托鉢を終え寺へ帰ってくると、美しい姫が、舞を舞っていました。本堂の障子に映し出された姿は、猫の影。愛猫の化身と気づいた和尚は「自分がこんなに苦労しているのに、踊り浮かれているとは」と立腹し、猫を追い出してしまいました。数日後、その猫が和尚の夢枕に立ち、「明日、寺を訪れる武士を丁重にもてなせば寺は再び隆盛する」と告げました。翌朝、松平家の武士がやってきて、姫がお亡くなりになり遺言により、葬儀を頼みたいとの事、和尚は快く引き受け、以後松平家と復縁した寺は以前のように隆盛しました。
めでたし、めでたし。
というお話です。RIMG022351.gif
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境内に愛猫を偲んで植えたと伝えられる老松があります。猫が伏した姿を表わしているそうです。
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現在では、称念寺は動物の霊を供養してらして、ペット供養の寺として親しまれています。
時間がなかったので、走り描きですが、イラストにしてみました。RIMG022354.gif

2009年02月23日

妙満寺 安珍清姫の鐘

ここ、妙満寺には、道成寺の鐘が伝わっています。RIMG021727.gif
正平14年(1359)3月11日、道成寺において、安珍清姫の伝説以来、失われていた鐘を再鋳し、鐘供養を営んでいるところへ、1人の白拍子が現れ、舞を舞い、呪力で、鐘を落下させ、蛇身となって日高川へと姿を消した。その後、近隣に災厄が続き、清姫のたたりと恐れた寺は、その鐘を竹林に埋めた。後の秀吉による根来攻めの際、大将であった仙石権兵衛が、この話を聞き、鐘を掘り起こし、京都に持ち帰り妙満寺に納め、寺で供養すると、美しい鐘音が甦った。という話です。

♪花の外には松ばかり 花の外には松ばかり
   暮れ染めて鐘や響くらん
鐘に恨みは数々ござる初夜の鐘を撞く時は
   諸行無常と響くなり
後夜の鐘を撞く時は是生滅法と響くなり♪
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歌舞伎の舞台では、クライマックスで蛇身となった白拍子 花子が、鐘の上で、見得を切るので、そこそこの大きさの鐘をイメージしていましたが、実際は、結構小さな鐘でした。RIMG021724.gif道成寺を演じる芸能関係者はこの鐘に芸能精進を祈りに来られるようです。
境内に出ると一際、眼を引くのは、仏舎利塔です。RIMG021726.gif
インド・ブッタガヤ大塔を型どったものとしては、日本初の仏舎利塔だそうです。RIMG021718.gifRIMG021719.gif
RIMG021720.gif静けさを打ち破って、蛇身登場!RIMG021721.gif
ではなくて、手水舎の龍でした。RIMG021722.gif
小雪舞い散る中、はるか昔の悲恋の物語に想いを馳せた時間でした。RIMG021723.gif

2009年02月16日

太田垣蓮月さんのこと パート2

戊辰戦争のさなか、薩摩、長州2藩の兵が先陣となり、幕軍を追って東征軍が、京都を出ようとして三条大橋にさしかかったとき、橋のたもとにいた蓮月尼が、馬に近づき、歌を書いた短冊を差し出したというエピソードがあります。RIMG020921.gif

うつ人もうたるる人も心せよ
       同じ御国の御民ならずや

あだみかた勝つも負くるも哀なり
       同じ御国の人と思へば

これを受け取ったのが、西郷隆盛であり、この短冊が、江戸城無血開城におおきな力を発揮したという話です。
飢饉の際には、惜しげなく寄付をしたり、賀茂川に橋をかけたりという活動も行ったりして、積極的に世のために尽くしてもいたようです。
尊王派と見られて、あわや毒殺されそうにもなっています。

東山・大仏殿に滞在していた頃のエピソード
住持の留守を預かっていた際、所用の外出から戻ると、台所に見慣れない茶釜が1つ。狸が釜に化けたのではないかしらと不安な中、眠った夜。年老いた僧が、よろよろと現れ、あれこれと仏の話などをするうち、夜が、明けた。気がつくと黒衣の僧と見えたのは、茶釜であった。実は近所の男が、留守中に持ってきた釜であったことが、判明し、ほっとするという話です。
ちょっと、愉快そうなので、描いてみました。
題して、「蓮月尼 茶釜と語り明かすの図」renngetu-tyagama.gif画像の確認

言い寄る男たちに、自ら釘抜きで歯を抜いて、気をそらしたという、気丈な話もあります。

蓮月尼肖像 富岡鉄斎筆renngetu.gif
白木綿の一反風呂敷に月と蓮を鉄斎に描かせ、辞世を書き添え、自らの遺体を包む布として準備し、さらには棺桶も手配して、死での旅支度を整えてあったようです。(棺桶は度々、他の人のために使い、また新たに用意しています。)

ねがはくはのちの蓮の花のうへに
        くもらぬ月をみるよしもがな    
   
ちりばかりこころにかかる雲もなし
        けふをかぎりの夕暮れの空

風呂敷と棺桶内の経帷子に、先の歌を残しています。「無用の者が消えゆくのみ、他を煩わすな、鉄斎だけに知らせてほしい」と頼み置いていたその心情も、考えさせられます。
小谷墓地の墓の墓銘も鉄斎の書のようで、桜の木の下に、静かなたたずまいを見せています。もっともこの桜、当初は、もっと小さかったのでしょうけど。RIMG020935.gif
明治8年12月10日に亡くなっています。享年85歳

人生半ばで、世の無常を知るも、移り変わりの激しい時代にあってしっかり自立の道を歩み、世間から一歩引いた立場からも、人々との交流を深め、ボランティア活動に励み、自由に生きた彼女の人生に、感銘と共感を覚えます。
   
山里は松の声のみきゝなれて
        風ふかぬ日は淋しかりけり


参照  

* 天台寺門宗 青眼展墓録
http://www.tendai-jimon.jp/serialization/3/1.html
* 歴史散歩 京に燃えた女   京都新聞社 発行
* 京都故事物語  河出書房新社
* 他 多数のサイトを検索

2008年11月27日

「レッドクリフ Part1」

11月18日 映画「レッドクリフ Part1」を観に行きました。
以前、三国志に、はまっていた時期があり、何を隠そう諸葛孔明が、大好きです。そのころ、飼っていた文鳥に、「リュウビ」と「コウメイ」という名前をつけて、呼んでいたぐらいです。金城武さんも結構好きですから、これはもう観なくてはという感じで出掛けました。kanasiro-takesi.gif
金城武さんは、竹之内豊さんの骨組みをちょっとごつくした感じだと、個人的には思っています。似たような表情とかもよくするし…。私の孔明のイメージは、もう少し細面な顔立ちなのですが、石ノ森章太郎さんのマンガの孔明とは、よく似ているなぁなどと考えながら、観ていました。
中国ものは、スクリーン大きくなくっちゃいけません。チャン・イーモウ監督の色彩の美しさが好きなので、あの人が造ったらもう少し違っていただろうなあと思ってしまいましたが、ジョン・ウー監督も、すばらしいです。それぞれの武将の個性の見せ場が、歌舞伎の見得を切る場面のようで、ちょっと面白いと感じました。黒澤明監督を、かなり意識して取り組んでらっしゃるようで、なるほどねぇ(^-^)
小喬が、周瑜の包帯を巻くシーンが、エロくて、よかったです。曹操が、小喬を、おめあてにしている戦いであるため、入れたシーンなんでしょうね。控えめながら芯の強さを感じさせる顔立ちが、役柄に合っていて、続編でどんな存在感を醸し出してくれるか、期待したいところです。今のところ、ヴィッキー・チャオ演じる尚香のほうが、ややキャラがたってるように思えるし、なにより絶世の美女役というのは、それだけでも荷が重いことでしょう。
続編は4月公開予定ですから、待ち遠しいことです。今回、紅葉見物を、早めに切り上げて観ただけに、また桜の時期に映画館にこもるのは、ちょっともったいないんだけど…。
Gacktが、「早く続きが見たい。いや、むしろ出たいものだ。」というコメントを書いてましたが、出るとしたら、どの役柄になるのかしらん?孔明?それとも小喬なんていうのは?(^O^)

2008年09月25日

上京薪能

9月19日 上京薪能を観に行きました。
白峯神社内で行われるとの事で、楽しみにしていたのですが、台風の影響で、天候が危ぶまれる為、金剛能楽堂での公演となりました。結果的には、雨も降らずじまいだったので、残念なことでした。やはり、暮れ行く中で薪を焚いてのお能は、独特の風情があり、惹きつけられます。仕事を終えてから出かけたので、会場に着いたのは2部の筝曲が、始まるところでした。「初鶯」唄付きの演奏です。
源氏物語の中でも、姫たちが琴を奏で、それにつられて光源氏が、やってくるシーンは多く描かれています。和歌に琴は当時の姫君の必須課題だったのでしょうが、苦手な姫もいたようで、いと おかしというより、結構おかしい姫も登場していたようです。何を隠そう私も、最強のやまとなでしこになろうと、一通りの事にはチャレンジしました。書道・琴・煎茶・抹茶・華道に日本舞踊です。ついでに香道体験もしてみました。どれも、半端な仕上がりで、殆ど忘れてしまいましたけど…。
狂言は「盆山(ぼんさん)」
盆山とは、お盆の上に砂や石を使い、自然の風景などを作ったものです。これに興味を持った男が、たくさん持っている人に1つ欲しいと頼みますが断られ、とうとう盗みに入るという、お話です。当時、犬は、「びょう、びょう」と鳴いていたようですが、鳴き声が変わった訳でもないでしょうから、遠吠えがそのように聞こえたのでしょうかねぇ?鯛の鳴き真似を強要されて、苦し紛れに「たい!」と鳴くところが、なんとも滑稽な泥棒です。今時の泥棒も見習わないといけません。って、違うか。
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ラストは、観世流能「葵上」です。六条御息所が、鬼となり、病床の葵上を打ち据え、連れ去ろうと、小聖の法力と戦う四番目物です。位も高く教養ある御息所が、立場をわきまえた振る舞いをしなければと思う反面、車争いでの屈辱や、源氏への想いに心乱れ、ついには、魂がその身を抜け出し、葵上の頭上へとやってきて、恨み言を述べ、取り殺そうとするも、法力に負けてしまう、すざまじくも悲しい物語です。やっぱり、薪があった方が盛り上がる演目ですが、想像たくましくするしかありません。もともと、少ない舞台装置を想像力で補い、膨らませるのが、お能の基本的な楽しみ方だと思っているので、まぁ、我慢。お能は、一人遊びの得意な一人っ子気質の私に適した芸能なのかもしれません。
にしても、会場は、超~さぶおした。
すっかり冷えて、帰りにコンビニで肉まんを買ってしまいました。おいしかった~(^_^)

2008年09月18日

「おくりびと」

9月15日 映画「おくりびと」を観ました。
所属楽団オーナーの「解散!」の一言で、お払い箱になり、チェロ奏者の夢をあきらめ、故郷の山形に妻(広末涼子)を伴い、帰ってきた大悟(本木雅弘)は亡き母がスナックをしていた家で、職探しを始める。〔旅のお手伝い〕という好条件の求人広告を見つけ、面接に向かうと社長の佐々木(山崎努)に即採用される。「えっ! あの、仕事内容は?」安らかな旅立ちのお手伝い!すなわち、遺体を棺に収める仕事。えぇ~! 戸惑う大悟。周りの拒否反応。葛藤しながらも、さまざまな別れの場面と向き合ううちに、納棺師の仕事に誇りを見いだしてゆく。
監督は『壬生義士伝』の滝田洋二郎さん、人気放送作家の小山薫堂さんの初の映画脚本によるものです。
死と向かい合う重いテーマの中にも、笑えるシーンもさらっとセンスよく、やっぱり泣けるところもしっかりあって、いい感じの映画でした。
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モックンが真摯なまなざしでみせる美しい納棺の所作は、必見です。オーケストラの中に溶け込んでしまって違和感なく、チェロを弾く姿も、なかなかでした。山崎努さんはしっかりとした存在感と趣があり、余貴美子さんは、私の好きな女優さんで、いつもの独特の雰囲気がありました。近頃あちこちの脇役でお目にかかる笹野高史さんも、泣き笑いさせてくれました。広末さんも、しっとりして、今後が楽しみです。
久石譲さんの音楽と山形の風景が、澄んだ空気感を出していて、死臭漂う中に清浄な風を送り込みます。
封切られて間なしの祭日とあって満席状態で、見渡すと、年齢層かなり高めでした。テーマがテーマだけに、無理もありません。
エンバーミング(遺体衛生保全)のマンガや、ドラマも少し前に話題になりましたが、この人生最期の時を美しく保つというお仕事には、少しばかり興味関心があります。生きている人々を、美しくするだけでは、飽き足りなくなったという訳でもないのですが…。

2008年04月19日

吉野太夫

4月20日 常照寺 吉野太夫追善花供養yosinotayuu.gif

2008年04月12日

やすらい祭

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4月13日 (日) やすらい祭

2008年04月01日

胡同の理髪師

このところ、レンタルDVDを借りて映画を観ていましたが、久しぶりに映画館に足を運びました。というのも、『胡同(フートン)の理髪師』が、京都シネマで上映されているからです。中国モノは、大きい画面で観ないとその味わいが半減すると思うからです。tin-ojiisan.gif
ストーリーは、北京の胡同で暮らす、93歳の現役理髪師の日常を描いたものです。北京オリンピックに向けて、再開発のため、取り壊しの対象となる町並みの中で、顧客の老人たちの散髪をして、規則正しい暮らしを続けるチンお爺さん。顧客の死、環境変化の波の中、
淡々とした清い生活リズムを繰り返しながら、凛とした姿勢を貫く姿。死への静かな準備。
主人公が、実際に93歳現役理髪師であり、素人俳優であることには、驚きです。確かなレザーさばきと、趣のある風貌には脱帽です。自分が93歳になった頃に、こんな手さばきは到底できないだろうと、思わずわが身に引き当てて考えてしまいました。
お気に入りの中国の書の掛け軸に『日々是好日』を、持っていますが、まさにそんな感じです。こんな風に日常を送りたいものだと思っていますが、現実はほど遠いやもしれません。

2008年03月04日

流し雛

nagasibina.gif 3月3日 下鴨神社 流しびな                   

人々の 穢れ背負いし 流し雛                  さまよい着くは いずこかしらん      千鶴         ・・・ お粗末様でした

2008年02月28日

梅花祭

25日、天神さんに行ってきました。tennjinn.gifRIMG0015.gif天神さんも雲に乗り、梅見にいらしてました?mitizane.gif
このところの寒さ続きで梅は三分咲きでしたが、大勢の人で賑わっていました。RIMG0020.gif降る雪に 色まどはせる 梅の花                 うぐひすのみや わきてしのばむ     菅原道真RIMG0010.gif花と散り 玉と見えつつ あざむけば              雪ふるさとぞ 夢に見えける     菅原道真
maiko.gif小雪のちらつく中、上七軒の綺麗どころによる野点は、あまりにも長い行列で、パスしました。よって、写真は撮れなかったので、イラストでお茶を濁しておきます。

2008年01月12日

「転々」

12月20日 映画「転々」 を京都シネマで、観ました。
暮れにUPするつもりが、遅くなってしまいました。tenten.gif

ストーリー 幼い頃、両親に捨てられた借金を抱えた孤独な大学8年生の主人公、竹村文哉(オダギリジョー)は、借金取りの福原(三浦友和)から借金をチャラにする方法を提案される。それは、吉祥寺から霞か関まで歩く“東京散歩”に付き合うことだった。
この映画でまず、あらまぁ、と思ったのが、三浦友和さんでした。まじめで、面白くないイメージ(失礼m(_ _)m)だったので、こんな役もするんだぁて感じでした。以外にいけてるなぁと感心してしまいました。オダギリジョーはそのまんまオダギリジョーといったところで、楽しめました。小泉今日子・岸辺一徳・スーパーの三人などなど、一人ひとりのキャラが細かく生きていて、人物が丁寧に描写されているようで、なごめる感じがしました。終始、小ネタに笑いを誘われ、リラックスしつつも、プチサスペンスな要素が、適度な緊張感を、生み出しているようです。福原が、自首するまで、見つかってはいけない妻の遺体を発見してしまいそうなスーパーの職員たちの善意の行動に、少しハラハラさせられました。こういう事って結構人生の中で、あったりするんですよねぇ。第三者の無意識な行動、善意の行動、個人的な行動などが、ある人にとって重要な事柄になってしまう皮肉。話は少し違うかもしれませんが、私は子供の頃、トラブルメーカーと担任教師に言われていました。個人的には、目立とうという意識や、クラスメートを煽動しようなどという考えは全くなく、一人で好きなことをして楽しんでいたり、意見を求められた時にだけ、率直な意見を述べただけのつもりでしたが、その発言や行いが波及していって、騒動を引き起こすということがありました。ホームルームが、そつなく終わろうとしていた矢先に、多分話をまとめようとして学級委員長が私に意見を述べるよう指名したにもかかわらず、ちょっと本音を述べてしまったために、形勢が熱血先生の好ましくない方向にどんどん進んでしまい、長時間のホームルームとなり、帰れなくなってしまった事もありました。余計なことを言わなきゃよかったと、熱弁を振るいだした担任を眺めながら後悔したものです。ちょっと冷めた問題児でした。
話は映画に戻りますが、二人が歩き続ける中、福原の妻の浮気相手が自分だったのではないかという疑いが、文哉の中で大きく膨らんで緊張感が高まり、その疑惑の晴れた瞬間に、へらへらになってしまう様子が、とてもオダギリジョーらしくて、おもしろかったです。プチ擬似家族ごっこも、ほんわかと和めました。変に余韻を持たせず、終わってしまうラストシーンも、いい感じでした。いろいろな問題提議はあるのかもしれないけれど、終わった瞬間にいい映画だったなと思える、結構、私好みの映画でした。
そうそう、オダギリジョーさん、結婚発表おめでとうございます。お幸せに!

2008年01月05日

謹賀新年

謹んで新春のお喜びを申し上げます
旧年中は格別のお引き立てを賜り
深く御礼申し上げます
本年も何卒宜しくお願い申し上げます
komanezumi.gif
大豊神社 狛鼠 アレンジ

平成二十年 元旦
karutahajime.gif
八坂神社 かるた始め
kerari.gif
下鴨神社 蹴鞠はじめ

2007年11月25日

11月22日 島本弘子ディナーショー

11月22日 島本弘子ディナーショーを観に、新都ホテルに行ってきました。simamotohiroko.gif

市内は、三連休前という事もあってか、渋滞していて、ホテルにたどり着いた時には、ディナーが、始まっていました。ズワイ蟹のサラダ仕立てに始まるフレンチで、きのこのポタージュスープが、冷えた体においしく感じられました。ドリンクは数種類の中から、セレクトする形で、白ワインを頂きました。デザートの後、さらにショーに備えて、赤ワインを注文し談笑しているところに、ピアノ演奏が始まり、照明の落とされた中、赤いロングドレス姿の島本弘子さんの登場です。オープニングは、サントワマミー♪ その、風貌、出で立ちは、往年の越路吹雪さんを、思わせます。京都出身ということで、客席には、同窓生の方々も多いようで、年齢層が結構高めです。シャンソンというジャンルそのものが、人生の喜怒哀楽を語る深い味わいのものであるので、自然と円熟した層になってしまうのかもしれません。四条河原町下がったところのシャンソンライブハウス『巴里野郎』の客筋もおおむね年配で、30そこそこで出入りしていた私は結構浮いていましたし。先頃、公開されたピアフの映画の影響で、もっと若いシャンソンファンも増えるといいなぁと思います。シャンソンは、その一曲の中にドラマを観るとこができ、歌い手はそれを演じる役者という印象があります。そういえば、島本さんは、新劇を志して上京。舞台芸術学院を卒業後、劇団「新劇場」を経て、シャンソンを宇井あきら氏に師事。というキャリアの方です。俳優としての経験が、きっと歌にも反映するのでしょう。シンプルなステージ上でも、つかの間、巴里の雑踏が、舞い落ちる枯葉が、リヨン駅のざわめきが、降りしきる雪が、見えた?気がします。日本語で、なおかつ訳詩も原詩により忠実に歌ってもらえるのは、なによりです。ピアフの歌声は好きですが、歌詞が、同時通訳できない問題がありますから(^o^)フランス語は学生時分に4年間も習ったのですが、全く身についていません。ケセラセラ~♪ というフレーズを理解しただけで満足してしまいましたので…。
島本さんは“人生を、愛を、自由を、人間らしく生きる喜びを”というテーマを一貫して掲げてらっしゃるそうです。よく知る曲目が多い中、はじめて聴く歌もあり、十分に楽しめました。私も今年度のテーマソングを決めました。といっても、もう師走ですが。 「水に流して」 ♪私の夢と命は すべて今の今から始まるのよ~~~♪ 忘年会のカラオケで挑戦してみる事にしましょう。riyonnekimade.gif
タクシー!リヨン駅まで行って~♪

2007年11月15日

11月11日 オリヲン座からの招待状

11月11日 映画「オリヲン座からの招待状」を観ました。miyazawa-rie.gif

ここ、西陣を舞台に昭和のテレビの台頭などにより、映画産業が斜陽になる中、周囲の陰口にもめげず、映画館を守り続けた男女の物語です。
館主 豊田松蔵(宇崎竜童)亡き後、その意志を継ぎ、弟子 留吉(加瀬亮)と先代の妻(宮沢りえ)が、貧乏な中でも映画を愛し、互いを思いやり、小さな幸せを見つけて喜びあい、生き続けていく様が描かれていました。
映画の中で繰り返し登場する映画「無法松の一生」が、この映画の主題とも関っていると思うのですが、いかんせん、私は観たことがありません。人力車の車輪の動きや、太鼓を打ち鳴らす様が、印象的かと思いますが、またDVDでも借りてみることにします。
京都が舞台となると、どうしても、京都弁や、撮影場所が気になってしまいます。皆、頑張って西陣の京都弁(祇園町の言葉ではなく)を話してらっしゃいましたが、ちょっと微妙ではありました。まぁ、致し方ないレベルかと思います。
病院から病人をおんぶして、鴨川沿いを抜けて西陣へ帰り着くのには、笑ってしまいました。それ遠すぎでしょ~。絵的には綺麗で、他府県の人はさらっと見てしまうのでしょうが、二条の東宝シネマズでは、皆いっせいに「おい、おい。ちょっと待て。」と内心思ったに違いありません。
映像は懐かしくピアノの音と共に、子供の頃を思い出させてくれました。足踏みミシンが部屋の隅に置かれていて、うちにも長く置いてあって、母が使っていたことが思い出されました。蚊帳の中に蛍を飛ばして楽しんだ事や、鰹節の削り器、土間、路地を走りまわった記憶(私は西陣ではなく、祇園でしたが)など、貧しかったけど、きらきら水面に写る日の光のような思い出です。
話は結構飛んでしまって、閉館の場面へと変わってしまうのだけど、その間、色々な事があったはずで、周囲の人たちの理解が得られたのか、得られなかったのか、最後には結構人々が集まっていたが、愛され惜しまれて閉館するのか?幼なじみの今では冷めてしまった夫婦は、本当に貧しさからお互いを引き合っていただけなのか?そんなことはもうどうでもよくて、主人公たちの純粋な気持ちと守り抜いた事実があればそれだけでよかったのか?という疑問が湧いてくるほど、ひたすらシンプルな人生の描き方であったかと思います。観客の想像にかなり委ねている感じが、日本的で上品というべきか、問題棚上げでふわぁーと流れてファジーすぎるというか、微妙でした。原作が短編なのを引っ張って映画化したせいもあるのかしらん?役者が皆さんうまいから、せりふなき台詞を語っていて、観客が想像を膨らませて、楽しもうとすれば、楽しめるのかもしれません。時代の雰囲気出していて、まずまず良かったねという感じでしょうか?
宮沢りえさんの作品は、近いところでは、「たそがれ清兵衛」「トニー滝谷」を観ましたが、危うい時期から心配し、応援していました(本人になんら働きかけをしたわけではありません。)が、いい女優さんになったなぁと勝手に、ほっとしています。華原朋ちゃんも、なんとか復帰してほしい…。って、関係ないか?

2007年11月07日

11月5日 エディット・ピアフ

11月5日 「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」
映画「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」を観ました。piahu.gif

いくつかの時代を縦横無尽に行き来する、構成になっているのが、少し、ややこしい感じがして、最初は年代に注意して、観ていましたが、煩わしくなり、あまり時代の流れを意識せずにそのまま受け止めた方が、監督の意向に沿っているのかも?と考えると、楽に観ることができました。でも人物名の類似や、似たような顔(西洋人が、似たような顔に見えてしまう私個人の問題かも?)はちょっとややこしいかも?
主演のマリオン・コティヤールの迫真の怪演?は、見事で、本物のピアフに見えてしまいました。ピアフが憑いてるんじゃないかしらん。これってピアフの声よね?と思っても、舌やのどの動きが、まさに彼女が歌っていると感じられました。実際、口パクだけでなく、歌っているシーンもあったようですが。年齢も若い時から、ばあさまのような40代まで、特殊メークも含め、俳優って大変ねぇと感心します。
いくつかのエピソードなどを省いて、ボクサー、マルセル・セルダンとの愛を象徴的に描いている感じで、彼の死のあと、ふらふらと部屋を歩き、愛の讃歌を歌うステージへと、つながるシーンは、なかなかの演出ですねぇ。
フランスで活躍する日本人カメラマン永田鉄男さんが撮影監督として参加されていたそうで、やわらかい光を演出する為に、ティッシュを床に敷き詰め、そこに光を反射させて、役者を撮っていたそうです。ノスタルジックな懐かしいような、空気の色はそんな風に創られていたんですねぇ。撮影現場を想像するとちょっと、おもしろいけど。
ピアフの歌が好きだから、観ておかなきゃと思って久しぶりの映画館に足を運びましたが、想像通りの人生と映画という感想です。強烈な個性には軽い嫉妬心さえ感じます。
ラストの「水に流して」の曲のシーンは、勇気づけられる思いがしました。愛の讃歌で終わってほしいと思う人の方が、もしかしたら、多いのかもしれませんが、私的には、あの歌で終わられると、重いなぁと感じてしまうので、救われた感じです。
運命に翻弄されながらも、ピュアでわがままなぐらい自由に、自分の力で生きた人生に、共感します(私はあんなにも好き勝手でも破滅的でもないと思うけど)。でも今の時代に共感する人は、少ないかもしれませんねぇ。
死の床で蘇る思い出や、人生への思いというものは、どんなものなのでしょう?自分ではまだ経験してないから、想像しにくいけれど、この映画の構成のようにランダムに過去の記憶がフラッシュバックするのでしょうか?不幸も幸せも多くの体験を経た人生の方が、豊かで、回想するには感慨深いでしょうね。不幸を知ると幸せの味わいも濃くなるかと考えます。いずれ来るその時に、私自身は、何を思うのでしょうねぇと考えさせられます。でも、回想する間もない死に方というのもあるし、こればかりはわかりませんね。できたら、少し自分の人生を振り返って、いろいろあったけど、楽しかったなと泣き笑いで死にたいな。