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2012年05月18日

近衛天皇火葬塚

4月に鳥羽の近衛天皇陵 安楽寿院南陵を訪れましたが、亡くなられた当初は、近衛天皇の遺骨は紫野の知足院本堂に安置されていました。船岡山付近にあった大寺院で、関白 藤原忠実が邸宅としていたことから、忠実は知足院殿と呼ばれていました。6-037.jpg

近衛天皇は、生来病弱で度々病気を患い、眼病を患って視力を失っています。久寿二年(1155)鳥羽法皇や美福門院の連日の病気平癒の祈祷もむなしく、重病となり、十七歳で崩御されました。
船岡山の西野で火葬にされ、遺骨は知足院本堂に安置されましたが、後に安楽寿院に移されました。6-036.jpg
写真は、紫野花ノ坊町にある火葬塚です。6-035.jpg
御心ち例ならずおはしましける秋、よませ給うける

虫の音の よわるのみかは 過ぐる秋を 
    惜しむ我が身ぞ   まづ消えぬべき

玉葉和歌集にある近衛天皇の和歌です。なんとも心細げなお心の内がうかがわれます。
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