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2010年10月05日

後一条天皇陵

左京区吉田神楽岡町に、後一条天皇陵があります。第一皇女である章子内親王と共に葬られています。780.jpg
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一条天皇と道長の娘 彰子との間に生まれた敦成(あつひら)親王です。
なかなか懐妊しなかった彰子が定子所生の敦康親王を手元に引き取って養育している中、生まれた道長待望の外孫皇子でした。8歳で即位、道長が摂政となって権勢を振るいましたが、世継ぎの皇子に恵まれないまま、29歳の若さで崩御されました。
同母弟である敦良(あつなが)親王が即位、後朱雀天皇となりました。
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母である彰子が後一条院崩御の年に読んだ歌が残っています。

後一条院かくれさせ給うての年、時鳥の鳴きけるに詠ませ給うける

一こゑも 君につげなむ 時鳥 
     この五月雨は 闇にまどふと

時鳥は死出の山を越えると信じられていたそうで、死んだ息子への伝言を、ほととぎすに頼んだものです。
この五月雨の夜に、子を思う闇に惑っていると、一声だけでも、亡きわが息子に告げてほしいという内容です。

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