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2009年07月06日

妙顕寺城跡

6月28日の大河ドラマ「天地人」の中で、景勝・兼続が秀吉に暇乞いの為に出向いたのが、妙顕寺城でした。
妙顕寺は、元享元(1321)年に日像が開いた京都における最初の日蓮宗寺院でしたが、移転を繰り返し、戦国時代には、二条西洞院にありました。
天正11(1583)年、秀吉は大坂城造営に着手すると共に、京都では妙顕寺を拠点としました。寺院としての妙顕寺は、この時に現在の地(上京区寺之内通新町西入)に移されています。
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中京区押小路通小川西入北側の西福寺の山門横に石碑が立っています。
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天正15年(1587年)9月に聚楽第が完成するまで、京都の政庁となっていました。周囲に堀をめぐらし、天守をあげていたことから、妙顕寺城と呼ばれています。平素は前田玄以が居住して京都の政務にあたり、秀吉の上洛の際の宿舎としていたようです。聚楽第の完成によって大阪城から秀吉が移り住み、その役割を終えています。
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現在、古城町という地名が残っているのは、この妙顕寺城に因んでいるようです。
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そしてこの地は閑院内裏跡でもあります。
平安時代前半は、藤原氏の邸宅として用いられ、後半は白河上皇・堀河天皇・高倉天皇・土御門天皇等の里内裏であり、鎌倉初期まで存続していました。
押小路通小川西北角に閑院内裏跡の石碑が立っています。
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6月29日 雨の中、しばし昨日の大河ドラマのシーンを思い出して戦国時代に思いを馳せ、楽しみました。


 

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comments

実際に行ったこと無い!

いわゆる秀吉の二条城。

機会を見て行かねば・・・

ラーメン屋さんの向かいです。
石碑と地名に残っているだけですが、
大河ドラマで登場したので、思わず行ってみました。

  • zuzu
  • 2009年07月07日 15:22
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